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毎日新聞に掲載されます!!

2010 - 02/13 [Sat] - 23:20

20100213232247
14日の毎日新聞にあっちゃんが載ります

東京方面は14日なんですが、熊本(西日本)は15日掲載だそうです

私が読めるのは15日か……
どんな記事になっているのか楽しみです

ちなみに写真も掲載されると思いますヽ(´ー`)ノ



あっ
ブラッドパッチしました★
痛くなかったです

入院はあともう少しかな?というところです

病院食です。

『脳脊髄減少症』でした

2010 - 02/05 [Fri] - 06:33

あまりにも頭痛がひどく、起き上がると頭痛が増すので寝たきり状態になっていました。

近所の頭痛外来の先生が某病院神経内科に紹介状を書いてくださって1月29日に初診を受けました。

その時は除外診断をしてもらって(歯科・耳鼻科)、とりあえずもう1回偏頭痛の注射をしてみようということになりしましたが、やっぱりダメでした。

2月1日に再診で、とにかく痛みを軽減しなければ!ということで麻酔科に回されました。
が、お見事撃沈・・・(というより、ある治療もしましたが私には合わなかったです。)

神経内科に戻ると、先生は神経内科部長さんに相談されたようで、部長さんの診察を受けました。
その部長さんは父が仕事の関係で仲良くて、「●●会社の所長の娘です」と言うと、驚かれて「これは失礼いたしました」と。。。父のおかげというか父の評判のおかげで、いつも丁寧に診てもらえることが多いですね。。。

結局この部長さんに「FMS頭痛どちらがきついか?」という質問に「頭痛」と答えたのが検査する決め手となりました。

2月3日にRI脳槽シンチ。
死ぬほど痛いと言われている腰椎穿刺はなぜか全く痛みなし。
先生はやりながら「圧がない!圧が0!」としきりに言っていました。
あとから聞いた話、先生は私で121症例目らしく圧0は3例目だったそうで。
30分・1時間・3時間・6時間と漏れの確認。

2月4日、24時間後の漏れの確認をして検査終了。
私は家が近かったこともあり入院せずに検査しました。
結果は意外に早くでて、「診断がつきました。そうでした。」と言われました。
6箇所の漏れが確認でき、30%以上液が残っていればOKでしたがそれも6%しか残っておらず。
脳脊髄液減少症は脳槽シンチが唯一の確定診断なので、これで診断がつきました。

すぐにでも入院してほしかったようですが、母親がいないので入院準備はすべて私がしなければならないので、2月5日、今日からにしてもらいました。
S先生のところにも薬をもらいにいくついでに報告しなきゃですし(>_<)

良い先生に巡り合えたことも良かったと思います。

ちなみに入院は3週間退院が目標のようです(先生が言っていました)

でもブログは携帯からでも更新できるので、入院生活もレポートします!笑

難治性頭痛・・・?

2010 - 01/31 [Sun] - 23:52

こんなこと口にしてはいけないのかもしれないけど、
生きていることに疲れてきました・・・

死にたいとかそういう気持ちではないと思うけれど、次から次に起こることに対処しようと、もう疲れました。

最近頭痛がひどくて、近所の頭痛外来に通っていたんですけど、その先生も今の治療が本当に私に合っているのか不安になってきたようで、某病院で脳脊髄液減少症の検査をしてきてほしいと紹介状を書いてくれたので先日行ってきました。

その先生は専門の先生で、とてもいい感じのドクターでした。

ちょっと打つのがきついので今日はこの辺で。

明日、頭痛治療で星状神経節ブロック注射をしてきます。

嬉しい限りです!

2010 - 01/20 [Wed] - 23:18

みなさんがご自身のブログやmixiに私の記事を載せてくれているようで嬉しく思います。

病気だけれども、それは否定することはできなくて、むしろそれを経験として受け止め、これから先生きていくことこそ「病気と共に生きる」ことではないでしょうか。

たしかに出来なくなったことはたくさんありすぎて考えたくありません・・・
でもそれ以上に得たものはないのでしょうか?
いいえ、私には心の支えとなる多くの方々にお会いすることができました。
色んな考えの方がいることも学びました。
今までの普通が普通でないこともわかりました。
弱音を吐くことも必要だと思えるようになりました。

病気から学ばされることは非常に多いような気がします。

きっとこれからも何かしら教えてくれることでしょう。

お父さん、お母さん。
私を生んでくれてありがとう。
病気になったからって、昔も今も私は私で変わらないよ。
確かに看護師になるという夢は夢で終わってしまったけど、これから先きっと看護師以上の夢を見つけられると思う。
お父さんとお母さんの子供で本当に良かった。

11日毎日新聞 みんなの広場 掲載 

2010 - 01/17 [Sun] - 11:04

20100117112414
(掲載された文をそのままアップします)

「苦難を生かして生きていきたい」

「線維筋痛症」。12歳から私の体をむしばんでいた病気は18歳の時に診断がついた。原因不明で全身の痛みが続く。特効薬はない。
痛いのに痛み止めが効かないという現実。今の主治医に出会う前、私はIVH(静脈を通しての栄養注入)や導尿(カテーテルによる排尿)をした。車いすを使ったこともあるし、寝たきりにもなった。とにかく痛くて仕方なかった。風が吹いても、光が当たっても、音が聞こえても痛い。四肢がもぎ取られそうなほどの激痛だった。
でも病名が判明して2年が過ぎた今、私は歩くことも大学へ通うことも恋愛もできている。痛みは変わらないが、「1日1日を満足できるように過ごそう」と前向きに考えるようになったからだ。ここまで持ち直すことは本当に大変だったが、家族や彼や主治医など、周囲の協力があったからだと思っている。今はこの病気とどううまく付き合っていくかを考えている。
私はこれまでの苦難を生かして生きていきたい。

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プロフィール

あっちゃん

Author:あっちゃん
1989/11/11
線維筋痛症
SLE
後天性血管浮腫

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